O'Sanity - Yoko Ono を訳す

まずは、聞いてくれ。

 

www.youtube.com

 

 

オリジナルの歌詞は、次の URL で見れるようだ。

http://www.kget.jp/lyric/132543/O%27+Sanity_Yoko+Ono

 

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気が狂ったって全く仕方ない

精神病患者が城を建て

神経症患者がそれに住んでいる

私は一体、私の良識をどこに向ければ良いのか

世界が惨事の瀬戸際にある時に

 

ああ、良識よ、良識よ

私は一体あなたをどうしたらいいの?

飲み干し、静脈に打ち込み、あなたが喜ぶことはなんでも

そうしてみても、あなたは地獄の悪魔のように、

私の背後に

 

ああ、良識よ、良識よ

なんで放っておいてくれないの?

離して、離してったら、いい加減にして!

 

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sanity の和訳が難しかった。

おれの解釈が入り込んでいる。

 

Isolation - John Lennon を訳す

まずは、聞いてくれ。話はそれからだ。

 

www.youtube.com

 

オリジナルの歌詞は、ここで見れるようだ。

 

Musixmatch - Song Lyrics and Translations

 

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人々はおれらを成功者と呼ぶけれど

あいつらは、おれらがどれだけ恐れているか知らないのだろうか

孤独を

 

おれらは一人になるのを恐れている

誰しも、帰るべき家を持つべきだ

孤独にならないように

 

この全世界を変えようとしている

小さな男の子と女の子が

孤独の中で

 

世界はただの小さな町で

みんながおれらを引きずり下ろそうとしている

孤独だ

 

お前にたくさんの痛みを与えられた今となっては

お前に分かって欲しいなんて、もう思えない

そしてまたこうだ。お前は別に悪くはない

お前もまた、この狂った世界の被害者であるだけの人なのだから

 

おれたちはみんなを恐れている

太陽が恐い

孤独

 

太陽は決して無くならない

この世界は何年持つだろう

孤独

 

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いつものように、おれの解釈がたぶんに入り込んでいることは言うまでもない

 

心への引っかかりについて、その1

心に引っかかるものが、ある。好きとか嫌いとかじゃなくて、どちらかというと好きなんだけど、なんかあんまりわかんねえな、みたいなものだ。おれの場合は、音楽、映画、小説が多い。

 

もちろん、ここでの引っかかる/引っかからないは、決して価値のある/なしを意味しない。引っかからないけど価値がありそうなものもあるし、引っかかるけど価値がないものも、あるとは思われる。もちろん、基本的に全ての物事に意味はある。

 

例から挙げる。おれの心に引っかかるけど、なんだかよくわからない、という人々を羅列する。言うまでもなく、おれにとって引っかかる、というだけで、君にとってどうかは知らない。

 

- Bob Dylan

- Jim Morrison 

- Lewis Carroll

- 夏目漱石

- 夢野久作

- ニーチェ

 

以上、順不同だ。Dylan と Morrison は普通に好きだし、よく聞く。ただ、あんまりよく理解できている気はしない。おれが気付いていない何かがあるように思う。

 

引っかかるけど、なんだかわかるような気がする人は、次の通りだ。

 

- John Lennon

- 大槻ケンヂ

- 太宰治

- カート・ヴォネガット

 

(以上全て、英語表記とそうでないのは、スペルをおれが覚えているか、そうでないかによる。キャロルだけググった。ごめん)

 

もちろん、わかるような気がする、と言ったときに、全てを理解していると主張するつもりはさらさらない。おれの理解が正しいという自信も何もない。ただ、おれの心に引っかかった理由ないし原因みたいなものはわかるような気がする、ということだ。

 

北野武と、クエンティン・タランティーノも引っかかるけどなんとなく理解できている気がする。もちろん、各人において、これはわかるような気がするけど、あれは全然わかんねえな、みたいなのはある。太宰だと、特に初期の作品群は、全くわからない。中後期は、すごく好きだし、わかっているような気がしている。今でも読み返す。

 

思うに、いつか気付けるんだと思う。たぶん、タイミングの問題だ。

 

引っかかる物事は、折に触れて考える。ヴォネガットが言っていたように記憶しているが、星々の光は、何年、何十年、時には何万年の時間をかけて我々の目に触れる。にも関わらず、我々は、いま、それらの星を、この瞬間に見ている。それらをつなげて、星座がどうこうとか、言っている。考えてみるとひどく乱暴な行為だ。土台、無理がある。

 

しかし、我々はそのように思考している。つまり、昔のことも、少し前のことも、今のことも、今この瞬間に感じ、考え、あーだこーだしている。

 

ジム・モリソンや、漱石も、ニーチェも、いつかわかる/わかったような気になれるんじゃないかと思う。引っかかっるってのは、いつかなんの屈託もなく好きだと言えるようになる、という合図なんだと思っている。

 

人生は、長い。と同時に、短くもある。

 

せっかくなんだから、引っかかる物事を、できうる限り解消できるまでは、生きてやろうと思う。

 

傘について、その1

喜べ人類。おれが傘を差さずに雨の中歩くと、あーだこーだ言ってくるから、ついに、傘を入手したぞ。

 

今日は雨が降るらしい。傘差してやるよ。

 

ところで、おれが雨に濡れた時に、何かお前に迷惑がかかるのか?

 

ほんと、どうでもいいことばっかあげつらってくるよな。なんか辛いことでもあったのか?おれでよければ、話聞いてやるから、引き換えに、おれに傘を差さない自由をくれ。

 

敬意について、その1

高校生の頃、物理の先生が、昔のロックをちゃんと聞いてきた人だった。おれは彼のことを好きで、話も合うから、敬意を込めてさん付けで呼んでいた。

 

おれがそう呼ぶたび、彼は、先生と呼びなさい、とおれを嗜めた。

 

人に敬意を表するは、とても難しい。

 

結局、おれはさん付けで通したように記憶している。

John Lennon について、その2

おれが、John Lennon だったら、だいたい、ビートルズが解散して、心のトラウマに向き合い、アルバム「ジョンの魂」を製作中か、ちょうど出した頃か、それぐらいだと思う。

 

実際のおれは、トラウマに向き合えず、朝散歩しながら、彼の音楽を聞いて、泣いて、犬を眺めてるだけだ。

 

もっと頑張らないといけない。

 

John Lennon が何言ってるのか分かるくらいには英語を学んだほうが、人生は豊かだ。

 

建設的なフィードバックについて、その1

最近、同僚がこんな記事を教えてくれた。

 

asana.com

 

とても良い記事だと思ったので、みんな読んでほしい。

以下では、おれがなんでこれを良い記事だと思ったのかを述べる。

 

建設的なフィードバックは、とかく難しい。世間を観測する限り、それを見かけるのはとても少ない。大体、攻撃と防御が実践されている。

 

Twitter で見かける攻撃については、下記記事で書いた。

 

mickamy.hatenablog.jp

 

防御は、なんか、まあ、防御だ。お前ら自分を守りたくって必死なんだろう?

おれもそうだ。

 

ただ、たぶんお前が知らない事実を、たまたま、おれは一つ持ち合わせている。

 

おれがお前の振る舞いについてどう思ったかということが、お前の何かに影響を及ぼすことってあるか?

 

例えば、おれは John Lennon とか大槻ケンヂとか、なんだとかいろんなことが好きだし、仕事ではソフトウェア開発をしている。お前が、それらの内の一つを(複数でもいい)、クソだと言ったとする。

 

おれは、ふーん、こいつはこれをクソだと思うんだ。おれはこれらを価値あるものだと思ってるけど、こいつはそう考えたのか、くらいにしか思わない。

 

もちろん、考える。こいつはおれの好きなものだの、振る舞いだのについて、否定的な意見を表明してくれたが(まず、表明してくれてありがとう)、こいつはなんでそういう風に感じたのだろう。おれがしたことは本当にクソだったのだろうか、あるいは、やはり価値あることなのだろうか、とかなんだの。

 

お前ら、何にも考えずに、あーだこーだ言われたことについて、全人格を否定されたように感じてないか?

 

そんな考えこそ、クソだぞ?

 

asana の記事がいいところは、受け取る側についても、こうしたほうがいい、とか言及している点だ。

 

以上は、全ておれの考えなので、間違ったところがあったら教えて欲しいし、むしろ、違う意見をもったら、特に教えて欲しい。

 

一緒に上がってこうぜ。